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広島高等裁判所松江支部 昭和31年(ネ)50号 判決

控訴人 中谷武一 外一名

被控訴人 亀家栄吉

主文

原判決中控訴人中谷武一に対し段別減少に因る変更登記の抹消登記手続を命じた部分を取り消す。

被控訴人の右請求を棄却する。

その余の控訴を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じて二分し、その一を被控訴人の負担とし、その余を控訴人等の連帯負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決中控訴人等敗訴の部分を取消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張および証拠関係は、左に附加する外は、原判決の事実摘示と同一であるからこれを引用する。

控訴代理人は、控訴人栩木の本案前の抗弁はこれを撤回する。土地境界確定の調停事件において、当事者が弁護士に調停代理を委任したときは、係争地を売ることも当然右委任事項に包含されるもので、これについて特別の授権を要するものではない。被控訴人主張の調停条項第三項に、控訴人梅林同栩木の両名が本件土地を買受けとあつても、それは右両名がこれを買い受けてその所有権を取得するというのではなくて、代金三万円で売却方を頼まれこれを引き受けたに過ぎない。これをそのまま調停条項としたのでは、事件の最終的解決にならないので、三万円を限度とし、買受けるという表現をしたのである。したがつて、右控訴人等としては代金三万円未満のときは、不足額を弁償する覚悟でいると共に三万円以上で売却できたからといつて、その超過額を取得する考は金くなかつたのである。調停手続において紛争の最終的解決の方法として、弁護士がかような契約をし、相手方の権利を護り受ける形式をとることは、何等弁護士法に触れるものではない。仮りに本件調停が弁護士法に違反するものとするも、これにより調停条項に定められた売買行為そのものが当然無効とされるいわれはないと述べ、立証として当審証人角田正太郎の証言を援用すると述べ、

被控訴代理人は、原判決中被控訴人の主張として本件調停は弁護士法第二七条に違反するとあるは、同第二八条の誤りにつき訂正する。控訴人梅林、同栩木は本件調停に参加していないものであり、又本件調停は関係当事者間に合意が成立していないものであるから不成立であると述べ、立証として当審証人長尾謙信、同花房多喜雄同角田乙の各証言を援用すると述べた。

理由

被控訴人が弁護士上原隼三を代理人として昭和二七年六月一七日訴外黒坂町を相手方とし、黒坂簡易裁判所に自己所有の鳥取県日野郡黒坂町大字久住字川東一、〇七三番山林(当時の登記簿上の面積一四町八反二畝二〇歩)と、同町所有の同所一、〇七四番山林との境界確定等を求める調停を申立て、同年一〇月一一日同裁判所において、被控訴人代理人上原隼三と同町の代理人である控訴人梅林同栩木との間に、被控訴人主張の調停条項第一項ないし第六項の調停が成立した旨の調停調書の存すること、および右調停により被控訴人主張の段別減少による変更登記の代位登記ならびに控訴人中谷武一の所有権取得登記のなされたことは当事者間に争がない。

そして当裁判所は、右調停は該調書に記載されてあるとおり関係人間において完全に合意され、適法に成立したものと認めるのであるが、その理由は原判決のこの点に関する理由と同一であるからこれを引用する。

右調停調書に添付の図面は、鑑定人長尾利記太の作成した鑑定書を基礎としたもので、右鑑定書は調停成立後に作成され、ついで裁判所に提出されたものであるが、成立に争のない甲第九号証原審証人長尾謙信、松原宗年の証言に弁論の全趣旨を総合すれば、当事者双方の代理人は調停主任の裁判官や調停委員と共に右調停成立前である昭和二七年八月六日現地に臨み、係争の土地を指示し、境界線を確認しその際被控訴人所有の本件山林は公簿面の一割位しかないことに関係者一同異存はなかつたが、なお鑑定によつて正確を期することとし、右鑑定は前記現場立会の際当事者に争のなかつた地域をもとにしてその面積を実測したものに過ぎないこと、および被控訴人所有の本件山林の面積は右鑑定の結果に従うこととして後日調書の作成された事実を認めることができるのであるから、右鑑定は調停における合意の成立に影響はなかつたものというべく、従つて右鑑定書が後日作成されたことは、本件調停成立の認定を妨げる事由とはならない。当審証人角田乙の証言中右認定に反する部分は当裁判所の措信しないところであつて、その他被控訴人が当審において援用した全立証をもつてしても、未だ如上認定をくつがえすことはできない。

被控訴人は、控訴人梅林、同栩木は利害関係人として適法に調停参加の手続をしていないのであるから、前記調停条項第三、四項の買受条項は無効であると主張するのでこの点について判断する。

成立に争のない甲第二号証(調停調書正本)によれば本件調停の当事者としては申立人亀家栄吉(被控訴人)、相手方黒坂町とあるのみであつて右控訴人両名は黒坂町の代理人として表示されているにすぎないから、右両名は民事調停法一一条所定の利害参加人ではないものと解するのを相当とする。けだし同条所定の利害参加人に対しては調停の効力、殊にその執行力(同法一六条参照)が及ぶのであるから債務名義となる調停調書には利害関係人の表示を必要とすべきであると共に、調停調書に表示されない限りこれを利害関係人とすることはできないからである(民事訴訟法五二八条参照)。

したがつて、本件調停条項に、控訴人の所有する山林を相手方黒坂町の代理人である前記控訴人両名に対し代金最低三万円の限度で売り渡し、右両名は個人の資格でこれを買い受けたものとし(調停条項三)、被控訴人は右代金を受領したときは右両名の名義もしくは同人等が指定した者に対し所轄法務局に於て所有権移転登記手続をしなければならない(同四)旨の定があるからといつて利害関係人として本件調停に参加の手続をとつていない前記控訴人両名は、これら調停条項に基いて控訴人に対して本件山林の所有権移転登記手続に関し強制執行することはできない。この意味において、すなわち右調停条項が執行力を有しないことを以て無効であるというのであれば被控訴人の主張は首肯できるけれども、右調停条項第三、四項は他面かような私法上の合意があつたことを示すものであるから、私法上の合意としては右調停の参加手続の適否とは別途に考察すべきである。

被控訴人から控訴人中谷武一に対する本件山林の所有権移転登記手続は本件調停調書正本に基いて昭和二八年八月六日いわゆる広義の執行としてなされたものであることは当事者間に争のないところであるが、右登記手続が違法なものであることは先に説示したところにより明らかである。しかし右登記手続が前記私法上の合意にそうものである限り、それは本件山林の現在の権利関係を公示するものとしてその登記は有効であるかもしれないけれども、登記義務者である被控訴人の意思に反してなされたものであれば無効に帰するので次にこの点について検討する。

成立に争のない甲第一一号証、同第一二号証の一、二、乙第一号証の一、二原審証人角田乙並びに原審における被控訴本人の供述を総合すれば、上原隼三は被控訴人の代理人として本件調停に際し、控訴人梅林同栩木の両名と前記調停条項三、四項の私法上の合意をしたのであるが、本人の同意を得ることができなかつたので、右調停成立後の昭和二八年一月二三日頃右控訴人両名に対し電報で右合意を取消す旨の意思表示をなしついで、同月二十六日控訴人梅林卯三郎に対し、依頼者である被控訴人本人の承諾を得られないため本件山林売買に関する前記契約を破約するのやむない事情に立ちいたつた旨をうつたえ先に上原の事務員角田乙が梅林から預つた三万円は何時でも返還する旨の書信を発し同年四月一日にはこれを梅林に郵送して返金したことを認めることができるから、被控訴人としては右調停条項第三項により控訴人梅林および栩木の両名から買主と指定された控訴人中谷に対し前記山林所有権移転登記手続に応じないことは明らかであるから、同人が右登記をするには、被控訴人に対し訴を提起してこれが登記手続を命じた判決によるべきであつてそれ以外に被控訴人の意思に反して右登記手続をすることはできない。換言すれば本件所有権移転登記手続は被控訴人の意思に反してなされたもので現在の権利関係を正当に公示するものとはいえないわけである。そうすると、本件山林は未だ被控訴人の所有に属することは明らかであるから控訴人らに対しこれが確認を求めると共に控訴人中谷が、控訴人梅林、同栩木の両名から調停条項第四項の指定を受けて本件山林を譲受けたとし、前示調停調書正本に基き受付第三三〇号をもつてした所有権取得登記の抹消を求める部分は爾余の点について判断するまでもなく理由ありとしてこれを認容すべきである。

被控訴人は控訴人中谷武一に対し右所有権取得登記の抹消登記手続を求めるほか、同人が被控訴人に代位してなした本件山林の段別減少による変更登記の抹消登記手続を求めるけれども、本件調停が適法に成立したものであることは先に認定したとおりであつて調停条項第一項では本件係争山林の境界を定めて当事者である申立人被控訴人および相手方黒坂町においてこれを承認しその第二項に右「境界線を確定の結果申立人所有にかかる本件山林の実測面積は一町四反三畝一八歩であり、公簿上の面積一四町八反二畝二〇歩は錯誤であることを之また当事者双方は確認すること」とあることは当事者間に争がないのであるから本件山林の右表示欄の変更登記は真実に合し右調停による被控訴人の意思にそうものというべく、したがつて右変更登記は代位権のない控訴人中谷武一の代位によつてなされたからといつて、これを抹消すべき理由はないので、この点に関する被控訴人の右請求は失当として棄却を免れない。

よつて原判決を一部取消し、その余の控訴を棄却すべきものとし、民事訴訟法第九六条第八九条第九三条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 三宅芳郎 組原政男 竹島義郎)

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